| HARRY POTTER SERIES |
何もかも記録ずくめのファンタジー小説『ハリー・ポッター』。 ■聖書以来のベストセラー?
1999年の初冬、1冊の心惹かれる本が書店の平棚に一斉に積まれた。『ハリー・ポッターと賢者の石』。さまざまなおとな向けの書籍に交じって、その表紙に描かれた不思議な絵はしっかりと自己主張していた。
さあ、私を読んで欲しい。ここにはあなたが日頃抱えている現実とは、まったく違う世界が書かれているよ──声に応えて『ハリー・ポッターと賢者の石』を買った人は日本全国で70万人。主人公は11歳の少年で、内容は明らかにファンタジーであるにもかかわらず、子どもだけではない、たくさんのおとなたちがハリーの冒険に一喜一憂し、手に汗握ったことになる。
日本では70万人だが、世界では今年までに発売済みの第4巻までで計4030万部を売った。
魔法使いの血を引く10歳の少年ハリー。彼は両親を事故で新だと教えられ、魔法を使えない意地悪な親戚の家に引き取られたまま大きくなった。11歳になったとき、ハリーに手紙が送られてくる。その手紙が明らかにしたのは、ハリーが魔法使いの学校ホグワーツに迎え入れられるという事実だった。
魔法 ── 子ども達の大好きなもの(しかも魔法使いになるための学校まであるなんて!)。
これでハリーは意地悪な親戚に抑圧されていた毎日から脱出できる!子どもたちがわくわくするプロットがまず第一の魅力である。ホグワーツでもハリーはいろいろな苦労をすることになるのだが、ハリーには一緒に苦労を乗り越えていく友人ができる。両親のような一流の魔法使いになるという目標もある。
少年や青年がさまざまな経験を通して清張していく物語を教養小説(ドイツ語ではヴィルドゥンクス・ロマン)というけれど、『ハリー・ポッター』はまさに新しい教養小説なのだろう。しかも、さまざまな仕掛けが施され、興奮と笑いに事欠かないロマンなのだ。
辛い境遇にも負けずに明るく生きてきたハリーが、ホグワーツでぐいぐい成長を始める。しかもその世界には、TVゲーム的な仕掛けが隠されている。日本でもファンが作るホームページが人気を集めているが、そこでも小説から着想したたくさんの仕掛けや遊びをファンの1人1人が楽しんでいる。おとなも子どもも一緒に遊べる数少ない小説なのである。
■作者自身のために書かれた本
イギリス旅行中にこの本と出会い、夢中になったことがきっかけで翻訳権を獲得した静山社の松岡佑子さんも、「私自身、ただただはまってしまいました」と笑いながら語る。
松岡さんのところにはたくさんの読者カードが戻ってきたが、年齢層は子どもからおとなまでさまざま。「子どものために買ったけれど、自分が夢中になってしまった」という声や、「家族で読んだので、会話が増えた」などの声が目立つという。「立ち読みですべて読んだという豪の者もいましたよ(笑)。普通、カードを返送するのは女性が多いのですが、今回は男の子やおとなの男性が多いことも特徴だと思います」
『ハリー・ポッター』には子どもの大好きな冒険活劇や「鼻くそ味のビーンズ」などバッチイ話も満載だし、両親を恋い慕うハリーのエピソードなど、おとなだから理解できる喪失の哀しみもある。両方を備えているから、あらゆる読者の期待に応えられたのかもしれない。
松岡さんは、翻訳するにあたって最初のうちは子どもの文体を使おうと考えた。しかしそれでは表現しきれないものがこの物語にはあると気づき、それをやめることにした。だから本文中にはルビがふってあるとはいえ、けっこう難しい漢字が使われている。それでいいと思う。本当にその本が読みたければ、子どもの脳は漢字などモノともせずに読みこなしてしまうからだ。それが知らず知らずに彼らの財産となり、より深い理解力につながっていく。
子ども向けと思われる表現では語り尽くせない物語を書いたローリングは、大学で古典文学を学んだ。彼女の感性の底にはギリシャ神話や北欧神話がしっかりと根をおろしている。それがさまざまな隠喩として、物語の通奏低音を奏で、おとなの心にも迫ってくる。
「なぜこんなに本が売れたのか、よく聞かれるのですが、私にもよくわかりません。魔法、謎ですね」
ハリーがかけた最大の魔法は、彼が主人公となる本の売れ行きだったのかもしれない。
■『ハリー・ポッター』が生まれるまで
1990年:マンチェスターからロンドンへ向かう列車が遅れ、待っている間にローリング女史に着想がひらめく。黒髪に緑の目、痩せた魔法使いの少年の姿が鮮明に脳裏に浮かび、彼が魔法学校で過ごす7年間のストーリーがロンドンに着いた時にはほとんどできあがっていたという。
1991年〜:ポルトガルで英語教師をしながら、5年間資料を集め構想を練る。教材の裏にハリーの学校生活を書きつけたり、登場人物の絵を描いたりしていた。
1995年:第1巻が完成。コピーを取るお金がなかったため、全編をタイプし直した。大手出版社数社に原稿を送るが、児童書としては長すぎるとの理由で断られる。
1997年6月:結局原稿はイギリスの小さな出版社ブルームズベリーに売れ、出版される。原稿料は2500ポンド(約55万円)だったが、その後またたくまに15万部のヒットに。
その後発売された第2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』、第3巻『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』は世界35ヶ国語に訳され3500万部を売る"超"がつくベストセラー・シリーズになる。2000年7月に発売された最新刊の第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』はイギリスとアメリカで530万部が刷られた。
<引用文献 : ダ・ヴィンチ2000年10月号> |
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